月: 2020年8月 (page 1 of 2)

花火、秋の訪れ、ときめき。

8月が終わる。今年の夏が終わる。

今年は、どんな夏だったのだろう。

いつもと同じ暑い夏。

いつもと違う暑い夏。

何も変わらなかった夏。

何かを変えられた夏。

今夜、江ノ島の夜空に花火があがった。

今日のしらべは、あれくん「好きにさせた癖に」

街に向かって自転車を走らせた。

いつもよりは暑くないはずなのに、気づけば汗だくになっていた。

月末はいつもこんな調子で、朝から忙しい。

どうにもならないかもしれないと思った春をすぎ、

なんとかなった夏を越え、

どうなるかわからない秋を迎える。

*   *   *

いつからか、不自然なくらいに、何にもときめかなくなった。

なにかにときめいていないと、誰にもときめいてもらえない。

きっとすべてのことがそう。

光輝き、熱を帯び、情熱を注ぎ、狂おしいほど愛し、そうして紡がれていく時間の中に、また誰かを熱狂させていく力が生まれる。

また、ときめくことはできるのか?

きっと大丈夫。惚れっぽいから。

9月の波は、少しメロウに耳をなでる。

頭、テレキャス、習慣化。

意識しつづけると、やがて無意識になり、習慣化される。

頭でいろいろ考えても身につかない。文字通り、頭につけるものではないから。

知識や理論で物事を捉えると、簡単に自分のものになった気がする。

これまでもそうだったし、そのほうが身についたと思ってきた。

ところが、もしかしたらそうじゃないかもしれないと、最近思うようになった。

身についたんじゃなくて、頭についただけ。

だから、時が経てば忘れる。

忘れないのは、繰り返し続けて体に染み付いたもの。

身につけるとは、意識の先にある無意識なのかもしれない。

今日のしらべは、toconoma「DeLorean」

今日は家にギターが届いた。久しぶりのエレキギター。

Fenderのテレキャスター。

若い頃はストラトキャスターが、かっこいいと思っていた。

いつの間にかテレキャスターが好きになっていた。

色もド定番のバタースコッチ。

テレキャスのバタースコッチなんて、一生手にすることないんじゃないかというくらい毛嫌いしていた。

スタンダードの良さがわかってきたのか、それともスタンダードを持っても良いと思えるようになったのか。

どちらにしても、分不相応な気がする。

単に歳をとったのかもしれない。

*   *   *

なんとかこのブログを毎日続けられている。

今日は、あやうく書き忘れるところだった。

23時前に気づくだけでも成長したのかもしれない。

習慣化まであとすこし。

離愁、おすそ分け、飽き。

8月の最後の週末。

学生なら夏のおわりが名残惜しい頃かと思ったが、今年は学生すらいつもの夏とちょっぴり違う。

いつはじまって、いつ終わるのか。夏のことが、誰にもわからない年。

変わらないのは名残惜しさだけ。

今日のしらべは、SHe Her Her Hersの「s」

毎回、淹れる音楽の1杯は、SNSにも投稿している。

曲についての解説はいつも書かない。

めんどくさいのかな。

ただ、なんとなく音のおすそ分けしたいだけだから。

*   *   *

昔は、ご近所同士でおすそ分けなんて、よくあった。

「この梨、○○産で、今がいちばん甘くて美味しいの。冷やして食べてくださいな」

おすそ分けに添えられる解説。

ありがたいときもあるけど、不要だなってこともある。

何の言葉もなく、ただおすそ分けを渡されても寂しい。

じゃあ、言葉添えたほうがよいのかな。

*   *   *

おすそ分けに言葉を添えるか否か。

純朴な大学生の男子が、お隣のセクシーなOLさんにおすそ分け。ドラマでありがちな光景。

「……これ、母ちゃんが送ってきたから」

やっぱり一言ぐらい添える。

そう考えると、ただリンク貼って投稿しているのは、あまりにぶっきらぼうか。

あしたから、一言ぐらい添えようかな。

それだときっと続かないだろうな。

続かないことはもうやだな。

続けられそうなことがよい。

飽きることに飽きてきた。

疲労、夏空、呼吸のしかた。

としまえんに行ってきた。

今月で長い歴史に幕を閉じる。

東京で生まれ育ったわけじゃない。だから思い入れもない。

事前に日付指定して購入したチケット。

当日が近づく。たまたまその日は雨の予報。

*   *   *

その日が来た。

朝、テレビの予報は相変わらず、時折はげしい雨と伝える。

結局、雨はふらなかった。

代わりに、雲が美しい、最高の夏空。

SNSのタイムラインは、空の写真で埋め尽くされた。美しい。

*   *   *

火照った体。こんなにも長時間、外で過ごしたのが久しぶりのこと。

翌朝、目が覚めて、ほんの少しの疲労感と、言葉で言い表せない多幸感。

外出はいつもこうでありたい。

今日のしらべは、春野「Dance At The Moonlight feat.kojikoji」

今年はチルなサウンドが流行っているそうだ。

個人的には大好きなフィールドなのでありがたい。

 好きなものが流行っていくと、だんだんさびしくなる思いもある。

この不思議な感覚は、娘が嫁に行く父親と同じ感覚なのだろうか。

*   *   *

開かなければ穏やかなまま。それがSNS。

わざわざ、心をざわつかせるために開くようなもの。

開くのは、それぐらいしか世間とつながっている気がしないからだろうか。

呼吸の仕方を変えたら、それまで楽しかったものが、急につまらなくなってしまう。

まるでタバコ。スモーキング。

喫煙者時代、煙は自分にとっての養分だった。辞めてしまえば、不要どころか不快なものになった。

呼吸は大切。

夏空に煙のようにうかぶ雲。

むにっとしていて、眺めていて心地よい。心の養分。

景色、プール、意味の必要性。

昨夜の宣言どおり、朝に筆をとる。

この夏、はじめてのまともなおでかけ。

こんな日に限って、時々雨の予報。

無味無臭な風景に、雨をふくんだ湿っけのある香りが加わる。

風は、木の葉がゆらぎ光が揺れ、さえずり、頬に触れて景色になる。

今日はきっと思い出になる。

今日のしらべはYONA YONA WEEKENDERS「SUNRISE」

MVをみて、知っている場所だと気づいた。

ここは、元々スイミングスクールのプールとして水が張られていた。

プールは水がなければ意味がない。だけど、水がないから意味が出る。

遠くでおよぐ彼女の姿。制服姿で脚だけ浸し、乱反射する太陽の光に照らされる姿。窓際に立つ彼女の遠い後ろに映る、水のないプール。

どれもすべて、景色になる。

*   *   *

使っているスマホ用のジンバルが、新製品を発表した。

不満点が解消された製品をほしいと思うのは、仕方のないこと。

今まで愛用していたお古は、意味がないものになる。

いや、本当にそうだろうか。

ふと手に握る。形はきっとどれも同じ。だけど、なんだか自分の手に馴染んできた気もする。

*   *   *

人も歳をとる。アップデートしない毎日を過ごす人もいる。

誰かに仕事をとってかわられたとしても、捨てられることなく、毎日を生きている。

意味のないものなんだろうか。誰かの景色としての存在なのだろうか。

そもそも意味ってなんだろう。生きていくことに意味は必要だろうか。

無意味であることもまた、意味があるような気がする。

目覚め、願望、劇薬の行末。

日が昇る前に目が覚めた。

夏の朝は、時折いつもより早く目が覚める。

こういう時は外の空気を吸いながら、太陽が昇る様子をこっそりと覗き見する。

藍色から茜色になり、青白く明るくなっていく。

ただ、それだけなのに、なんだか気持ちがスッキリする。

数時間もすれば、また日差しが熱を帯びてくる。

起きているものだけが味わえる、贅沢な時間。

今日のしらべは、YONLAPAの「Last Trip」。

YONLAPAはタイのバンド。この曲のMVは微妙にダサさをまとった感じが、とってもクールだ。

毎日、何かしらここに書くたびに1曲チョイスしたものを、Twitterにも投稿している。

SNSに投稿するのは、せっかく選んだのだから、1人でも多くの人に聴かせたいと思っているからだろうか。単に自己顕示欲が捨てきれていないのかもしれない。どっちも正解か。

なりたい自分には簡単になれない。だから、なりたいと願う。

なっているなら、こんなにも悩まない。

じゃあ、悩まなきゃいいじゃないかとも思うが、悩まない人間こそ、なりたい自分でもある。簡単になれない。だから人生は飽きない。

*   *   *

ブラックジョークなのか、そうではないのか。

人の不幸は蜜の味なのか、そうではないのか。

人間ってやつは、今の自分に満足していないとき、ついついだれかを言葉で貶めて、自らを保とうとする。

人は完璧じゃない。だから、そういうときもある。だけど、それが徐々に心地よいものになっていったら、どうだろう。

何でも摂取し過ぎはよくない。劇薬はクセになる。

*   *   *

毎日こうして書いていて、誰にも読まれない心地よさがある。

誰かに読まれたい衝動にも駆られる。

だけど1度でも教えてしまったら、きっと居心地が悪くなる。

じゃあ、また別の場所を作ればよいではないか。

いま、誰と対話している。自分と。

明日は昼前には家を出る。ほぼ1日、外出。I can’t stay home。

明日の今ごろは、ヘトヘトになっているだろう。

明日こそ、書けないかもしれない。

もしくは起きてすぐに書くのか。

明日が来ればの話。

忘れ物、継続、食べ残し。

エッセイをほんの少し読む。

翌日は、その続きを読む。

これが最近の寝る直前の過ごし方だ。

今日も読みかけのエッセイの栞をたぐる。

読み始めたのに、不思議と作業部屋が気になった。

そうだ。この日記を書くのをわすれていた。

ルーティンをわすれやすいのは、いつものことだ。

残り15分程度だが、まだ間に合う。

部屋の明かりをつけ、キーボードに指を置く。

今日のしらべは、SUKISHA feat. ぜったくん「天狗の子 – Life Goes On」

つい2時間ほど前に公開されたばかりのYouTube。

急いで開いた白紙に、ほどよく墨が落ちていく。

今日の自分にはぴったりな勢い。

*   *   *

辞めるのは簡単だ。続けるのも然り。

もっとも難しいのは、

思っていたとおりに進まなかった時にどう向き合うかだ。

Life Goes On。人生は続く。

この日記もまだ続けられそうだ。

*   *   *

いきつけの魚屋で買ってきた刺し身の柵。

しろい皿に並べる。一晩で食べるには少し多かった。

ぺろりと食べるのではなく、適量で別皿へ移し替える。

欲張りで、何でも平らげてきた。

しかし、今は明日の自分に残せるようになってきた。

あした生きているとは限らない。

明け方の太陽が昇るかも、まだわからない。

だけど、だから、届くかわからないラブレターのように、

明日へなにか残すのも悪くないと思うようになってきた。

カレーは二日目が至極だ。

蝉の音、夏恋、不要不急。

不思議がられることがある。それは、蝉の鳴き声を、涼しいと感じること。

生まれ育った実家は街路樹と、お隣さんの大きな桜に挟まれていた。

夏になれば蝉がハーモニーを少しずつ重ねていく。

運動部に所属しているわけでもなく、どちらかというと出不精だった子供の頃。陽もまだ静かな明け方、エアコンの効いた昼間、風がひんやり頬をそよぐ夕方、蝉の音を聴くのはいつも涼しい場所だった。

風鈴の音を清涼だと感じるように、蝉の羽音は自分にとって、清々しく、涼しげなのだ。

今日のしらべは、Omoinotake「夏の幻」。

なぜ夏は恋の季節なのか。

なぜ夏が終わる頃には、切なく胸をしめつける感覚に苛まれるのか。

人生の中で、夏にした恋はいくつある? 

夏以外に味わった恋心よりも多い?

春も秋も冬も、どの季節の恋も、切なく胸をしめつける。

ただ夏は、どこか開放的で、いつもよりもほんの少し距離が縮む。

他の季節じゃ、届くはずがなかった距離。触れられたはずの手が、季節の終わりとともに遠くなっていく。

夜空は冬のほうが綺麗だ。だけど、一晩中ながめていられるのは夏。

いつもよりも、長く見つめて、いつもよりも、近く感じて。

だから、ほんの少し、切なさの量が多く感じるのかもしれない。

*   *   *

エアコンが害悪だと言われていた子供の頃。

インターネットが無かったあの頃。

気になる女の子へ送るスタンプはまだ存在しなかった。

あの頃の僕らと、今の子たちは、恋の導火線が少し違う。

不要不急の概念もまた違うだろう。

雨、不屈、カレーの香り。

大雨なんて本当に降るのか?

そう思っていた矢先に、外は土砂降りになっていた。

カーテンを閉めていてもわかるぐらい、激しい雨音。

天気予報を告げたスマホをふたたび握る。

雨のたびにはしゃぐ親子がいると、TLの書き込み。

素敵だ。楽しむのも、悲しむのも、自由。

勝手にやってくるものは、できれば楽しい方がよい。

サンタクロースとか、正月の親戚とか。強欲。

今日のしらべは 、kiki vivi lily × SUKISHA 「Blue in Green」

なんとなく、毎回1曲セレクトしている。

ディグってもディグってもハマらない日もある。

お気に入りの名曲をサラッと入れ込むのもよいが、諦めずに続けていると、見つかるものだ。

雨音が響いた今日にはバッチリな曲。

*   *   *

今日はひさしぶりにカレーを作った。

最近はもっぱら赤缶のスパイスのみでつくる。

今日は1年以上ぶりに、既製品のルーで作った。

前から気になっていたルー。

不思議な味だった。夏の合宿の香りがした。

また作りたいわけじゃない。だけど、また出会ってもよい。

そんな味。

雨もそう。

ネタ帳、苦痛、空き缶のビール。

「これをブログに書こう」

そう考えていたことは、だいたい忘れる。

忘れないようにメモをとっていたこともあったが

時間が経つと興味がなくなる。

しゃべりの仕事をしていた時もそう。

ネタをメモしてきても、その場のフリートークが盛り上がる。

*   *   *

書くこと、しゃべることが必要なのに、何も浮かばずに苦労する。

だから、ネタを用意して安心したくなる。けれどそれは使わない。

それでいい。アドリブは安心から生まれたのだろうから。

アドリブ自体が素晴らしいのではない。

それまでに用意してきた「安心」が素晴らしいのだ。多分。

今日のしらべは、リュックと添い寝ごはん「生活」

バンド名なのか、曲名なのかよくわからない系だと思ったら、曲がめっちゃよい。

MVも相まって、どの曲もいつでも青春ど真ん中に連れてってくれる。

心地よい。グッドミュージック。

*   *   *

やらなくていいことこそ楽しくなる。

やらなきゃいけないことこそ苦痛になる。

本当にたいせつなことは、いつまで経ってもわからない。

恋も愛も仕事も。

*   *   *

バズりたいから刺激的になる。

刺激的な自分は、その人が求めていたものなのだろうか?

持ち上げる人たちがいる。

持ち上げられて恍惚としている人がいる。

残るのは、投げ捨てられたペットボトル。

空き缶の中身は飲まれていない。